この季節つらい花粉症を考える
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2006年9月2日23時48分
時点のものです。

この季節、町中でマスクの人が増えてくる。あの人もこの人も花粉症?
本当に辛い花粉症・・・さてその対処方は?

花粉症

花粉症(かふんしょう、hay fever / pollen allergy / pollen disease, 医 pollinosis または pollenosis )とはI型アレルギー(いちがた−)に分類される疾患の一つであり、植物の花粉が、鼻や目などの粘膜に接触することによって引き起こされる発作性反復性のくしゃみ、鼻水、鼻詰まり、目のかゆみなどの一連の症状が特徴的な症候群のことである。枯草熱(こそうねつ)ともいわれる。

そうした症状のうち、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどはアレルギー性鼻炎(鼻アレルギー)の症状であり、花粉の飛散期に一致して症状がおこるため、季節性アレルギー性鼻炎(対:通年性アレルギー性鼻炎)に分類され、その代表的なものとなっている。目のかゆみや流涙などはアレルギー性結膜炎の症状であり、鼻炎同様に季節性アレルギー性結膜炎に分類される。

広義には花粉によるアレルギー症状すべてをさすこともあるが、一般的には上記のように鼻および目症状を主訴とするものを指す。狭義では鼻症状のみを指し、目症状は結膜花粉症(または花粉性結膜炎)と呼ぶこともある。皮膚症状であれば花粉症皮膚炎(または花粉皮膚炎)、喘息であれば花粉喘息などと呼ぶことが多い。

現在の日本ではスギ花粉によるものが大多数であり、単に花粉症といった場合、スギ花粉症のことを指していることが多い。そのため、本項目の説明もスギ花粉症についてが主となることに注意されたい。


注:hay fever = 枯草熱、pollinosis = 花粉症というように、古語・現代語、一般名・疾病名、の観点で呼び分けることもある。枯草熱も医薬品等の効能に表記されるれっきとした医学(医療)用語であるが、ここでは花粉症で統一する。なお、pollen allergy は花粉アレルギー、pollen disease は花粉病(花粉による疾患)の意である。


疫学

歴史

世界史

古代エジプトにおいてハチアレルギー(アナフィラキシーショック)と思われる事例が記録されてはいるが、同じアレルギー疾患の一種である花粉症がいつ頃から出現していたかについては、花粉が肉眼で見ることができないこともあって明確には判っていない。紀元前500年ごろのヒポクラテスの著書『空気、水、場所について』の第三節にさまざまな風土病が述べられているが、季節と風に関係しており、体質が影響し、転地療養が効果的であるということから、現在でいうアレルギー(季節的アレルギー)の機序を考えてよさそうなもの、すなわち現在でいう花粉症もあるかもしれないとの考えもある。ローマ時代の医師ガレヌス(紀元前130年〜200年)も花粉症らしい疾患について述べており、紀元前100年ごろの中国の記録にも、春になると鼻水および鼻詰まりがよくあるとのことが示されているという。西暦1000年ごろのアラビアの医師によって、花粉症らしい疾患とその治療法が記録されているともいわれる。

より近代医学的な記録で最古のものは、1565年(一説には1533年)のイタリアの医師 Leonardo Botallus によるものとされる。「バラ熱(Rose cold または Rose fever)」と呼ばれる症状で、記録によれば、その患者はバラの花の香りをかぐとくしゃみやかゆみ、頭痛などの症状をおこすという。原則的にバラは花粉を飛散させないため、花粉症であるとはいいがたいが、現在でも Rose fever は「晩春から初夏の鼻炎」様の意味で Hay fever 同様に用いられることがある。すなわち、バラの花が咲くころに飛散する他の植物花粉による症状であった、あるいはそれも含まれていたことは否定できない。

真の花粉症の最初の臨床記録は、1819年にイギリスの John Bostock が、春・秋の鼻症状、喘息、流涙など、牧草の干し草と接触することで発症すると考えられていた Hay fever と呼ばれる夏風邪様症状について報告したものである。彼自身も長年にわたって症状に苦しめられたというが、有効な治療法は発見できなかったという。ちなみに、彼は最初これを夏季カタルと呼んだ。発熱(fever)は主要な症状ではないので、粘膜の炎症を示すカタルのほうが適切ではあった。この発表後、しばらくの間この症状は「Bostockのカタル」と呼ばれたといわれる(なお、 Hay fever は枯草熱と訳されているが、字義どおり受け取るのであれば、干し草熱のほうが適切であった。Hey とはイネ科の牧草 grass の干し草を指すからである)。そして1831年、同じくイギリスの J.Elliotson により、証明はなされなかったが花粉が原因であろうとの推定がなされた。

その後、イギリスの Charles H. Blackley によって、 Hay fever は気温の変化や花粉が発する刺激性のにおいや毒素などが原因であろうと考えられていた点などが、実験的に否定された。空中花粉の測定、鼻誘発試験や皮膚試験など、現在でも通用する試験を行ってイネ科花粉症を実証し、遅発相反応にさえ言及した著書『枯草熱あるいは枯草喘息の病因の実験的研究』を1873年に著した。これにより Hay fever は Pollinosis (花粉症)と呼ばれるようになった( pollen は花粉のこと)。これらのことから、みずからも花粉症であった Blackley は花粉症の父と呼ばれている。しかし、アレルギーという概念が成立するには20世紀になるまで待たなければいけなかったため、この段階では花粉に過敏に反応する人とそうでない人がいるということのみしかわからなかった。

なお、北アメリカでブタクサが Hay fever の原因であると指摘した報告は1872年になされている。ブタクサは Hay ではないが、すでにその当時は現在でいう花粉症は Hay fever の名で定着していたと考えられる。

日本史

日本においては、1960年代に次々と報告されたブタクサ、カモガヤ、スギ、ヨモギなどによるものが花粉症の始まりである。しかし、その正確な出現時期は判っていない。

たとえばスギ花粉症の発見者である斎藤は、1963年に鼻や目にアレルギー症状を呈する患者を多く診察したのが花粉症に気づくきっかけとなったというが、過去の記録を調べ、毎年同時期に患者が急増することを確認している。また、1989年に65歳以上の耳鼻咽喉科医師に対してアンケートを行った結果、初めてスギ花粉症と思われる患者に接したのは1945年以前であるとの回答が4.7%あったなど、総合的にみてスギ花粉症の「発見」以前に患者に接していた医師は回答者の4分の1に達したとの調査がある。さらに、高齢の患者を調べたところ、戦前の1940年以前に発症したとみられる患者もいた。

1935年、1939年に空中花粉の測定が行われ、空中花粉数は少なくないが花粉症の原因となる花粉はきわめて少ないと報告された。戦後、進駐軍の軍医により調査がなされ、気候風土などの関係により、日本でのブタクサおよびイネ科の花粉はアレルゲンとして重要ではないと結論した報告が1948年になされた。これらにより、日本における花粉症の研究および患者の発見・報告等が遅れたという指摘がある(ちなみに、1939年の米国帰国者の症例報告では、当地において「バラヒーバー」と診断されたと記録されている。前述の「バラ熱」のことである)。


1960年後半からおよそ10年は帰化植物であるブタクサによる花粉症が多かったが、1970年代中頃からスギ花粉症患者が急増した。特に関東地方共通のできごととして1976年に第1回目の大飛散があり、その後1979年、1982年にもスギ花粉の大量飛散と患者の大量発症があり、全国的ではないにしろ、ほぼこの時期に社会問題として認知されるに至った。

原則的に自然治癒は期待できないため、毎年のように患者数は累積し、現在では花粉症といえばスギ花粉症のことだと思われるほどになっている。花粉症のうちのおよそ80%はスギ花粉症といわれ、新たな国民病とも呼ばれる。


なお、本邦初の花粉症の報告は、1960年の荒木によるブタクサ花粉症であり、次いで1964年の杉田・降矢によるカモガヤ花粉症、堀口・斎藤によるスギ花粉症、1965年の寺尾・信太によるイネ科花粉症、佐藤によるイタリアンライグラス(ネズミムギ)花粉症、1967年の我妻によるヨモギ花粉症などの順である(報告年は文献により多少異なるが、初例報告か完成度を高めた研究報告かなど、取りまとめる際の観点の違いによると思われる)。

2003年12月現在までに報告されている花粉症(花粉喘息等も含む)は、一般的なものや職業性の特殊なものを含めて61種類となっている(1998年2月現在で80種類との説もある)。


患者数と医療費等

現在、国民の1.5割以上が花粉症であるといわれ、近年では2割との数字もよくみかける。だが、大規模な疫学調査は実際には行われておらず、その実態は推測によるしかない。

1994年の花粉症を含めたアレルギー性鼻炎の調査によれば、その患者はおよそ1800〜2300万人と推定された。1998年の推計では、花粉症患者は人口の16%程度とされており、現在ではさらに増えていることが考えられる。

信頼性に問題があるため、あくまでも参考値ではあるが、2005年末〜2006年にかけて行われた首都圏8都県市によるアンケートでは、花粉症と診断されている人が21%、自覚症状からそう思うという人が19%、すなわち花粉症患者は40%という数値が出されている。また、民間企業によるアンケートでは、16歳未満の3割が花粉症と考えられるという。

その他、病院への受診者の推移などから、1970年代に患者数は3〜4倍に増加したとの報告や、最近10年で患者数が倍増したなど、さまざまなデータがある。しかし、1990年代以降の患者数の増加は顕著ではなく、今後もそう急激な増加はないだろうと考えられている。


使われる医療費は、1994年の推計では年間1200〜1500億円とされた。1998年の調査では、有病率10%とした場合の年間医療費が2860億円、労働損失が年間650億円と推定された。

なお、民間調査機関の試算によれば、患者が花粉症グッズなどの対策に用いる費用(俗に花粉症特需といわれる)は639億円にのぼるが、シーズン中の外出などを控えるために、1〜3月の個人消費が7549億円減少するという(ただし、これはスギ花粉の大飛散があった2005年の場合である)。


年齢と地域差

スギ花粉症では、一般に30〜50歳代の患者が多いといわれている。1995年の千葉県における成人の調査例では20〜40代の男の発症率は60%を超え、女の発症率は70%を超えていた。感作率はいずれも70%を超えていた。

1997年の東京あきる野市においては、30〜44歳の有病率が40%を超えている。以下に、このあきる野市の例を示す。


0〜14歳 12.0%

15〜29歳 34.6%

30〜44歳 41.4%

45〜59歳 19.0%

60歳以上 14.9%

全年齢  25.7%(1983年:7.5%)


同年の東京大田区の例を以下に示す。


0〜14歳  3.8%

15〜29歳 19.7%

30〜44歳 33.6%

45〜59歳 18.3%

60歳以上  7.0%

全年齢  17.7%(1985年:8.9%)


調査対象者は限られるが、1998年の全国調査の結果を以下に示す。


0〜 4歳  1.7%

5〜 9歳  7.5%

10〜19歳 19.7%

20〜29歳 18.7%

30〜39歳 25.0%

40〜49歳 25.6%

50〜59歳 20.5%

60〜69歳 10.6%

70歳以上  5.6%

全年齢  16.2%


男女比は、小児期には男に多く、成人では女に多い傾向がある。

従来、花粉症は成人の病気といわれていたが、近年は発症年齢の低年齢化が進んでいる。ただし、小児の花粉症の症状は成人と多少異なり、さらに患児の保護者や医師に「発症するはずがない」との思い込みがあったため、臨床的には実際より発症率が低く見積もられていた可能性はある。

いずれにしろ、小児のうちから花粉症になると、花粉そのものの減少や自然治癒は期待できないため、長期にわたって症状に苦しむことが予想される。


こうした年齢別の統計から、年齢があがるほど治癒する率も上がるのではと考えられたこともあったが、近年における40歳代、50歳代の患者の追跡調査により、たとえば10年を経ても抗体値は下がらないのみならず、発症率の増加がみられることがわかっている。ただし、50歳代以降で新たに発症する率は小さく、さらに高齢になれば免疫機能そのものが弱るために、事実上治癒することもあるとは考えられている。


1998年の馬場らによる調査、2001年の奥田らによる調査によれば、スギ花粉症の有症率が高い地域は、東海地方(28.7%、奥田らによる。以下同)、南関東(23.6%)、北関東(21.0%)、近畿(20.3%)、北陸(17.4%)、四国(16.9%)、中国(16.4%)、甲信越(16.1%)などの順となっている。

このほか都道府県別の有症率調査なども行われており、こうした地域別有症率とその地域の花粉飛散量とは、相関係数0.88の高い関連がみられている。その他のいくつかの疫学調査でも、概ね飛散量が多いところほど発症率や感作率が高い事実が認められている。だが、ローカルなデータでは相関の低いものもあり、これについては花粉そのもののアレルゲン性(アレルゲンの含有量)が品種により80倍も異なることなどが関係しているかもしれないと考えられているが、くわしいことはわかっていない。


最近はスギがない沖縄県や北海道へ、俗に花粉疎開とも呼ばれる、花粉を避けるための短〜中期の旅行に出かける患者も増えているという。旅行会社がそうしたツアーを売り出すことも行われており、ひとつの観光資源として誘致に名乗りをあげる地域もある。移住をした患者がいたことも報道された。医学的にみれば転地療養といえる。


花粉飛散量

スギ花粉の観測が始まったのは1965年、神奈川県相模原でのことだが、現在の花粉量は当時の2〜3倍程度となっている。スギ花粉症が社会問題化したころである1982年の飛散量は1965年の約4倍に達した。発症者が増えた原因の第一は、花粉飛散量が増え、それに曝露された者が増えたためであることは明らかである(上記の地域別有症率との相関もこれを支持する)。


飛散量の増加の原因は、戦後、建材および治水・治山の目的で全国に広くスギが植林され、それらが1960年代後半より花粉生産力の強い樹齢30年程度に達し始めたためである。そうした花粉生産量の多いスギ林の面積は増え続けている(社会的側面の項を参照)。

スギ花粉はおよそ25〜35マイクロメートルというサイズで、風に乗って遠距離を飛散する。10キロメートル以上、ときには300キロメートル以上も離れた場所から飛んでくることが知られている。だが、地形などによって空中花粉数は異なってくる。たとえば関東平野は周囲を山地に囲まれているため、どちらから風が吹いても大量の花粉が飛散してくるといわれている。片側が海に面している地域であれば、原則的には海風のときは花粉は飛散してこない。

近年では飛散期間の長期化の指摘もある。これは、やや遅れて植林されたり、成長が遅れていた標高の高い地域のスギの開花が、平地での開花に引き続いておこるためと考えられている。温暖化によって、飛散開始が早まっている傾向があるとの指摘もある。


スギに遅れて植林が広まったヒノキも、スギ同様に花粉生産力が強まった樹齢に次々と達している。ヒノキの開花期はスギより遅れるものの、やや重なるため、患者が症状を呈する期間も長引く傾向がある(後述のようにスギ花粉症患者のかなりはヒノキ花粉にも反応する)。

ヒノキは関東以西(中部〜関西)に多く植えられたといわれるが、その地域では、関東などとは違う系統のスギが多く植えられたという指摘もある。それは樹齢30年ごろから多く花粉を飛ばす早生品種ではなく、樹齢50年ごろから多く花粉を飛ばす晩生品種といわれており、それが真実であれば関東以西ではヒノキのみならずスギ花粉もさらに増加する心配がある。また、品種によって花粉生産量が大きく異なり、たとえば九州のスギは花粉が少ないことなどが知られている。


スギの着花量は夏の天候に左右される。しかし、必ずしもそればかりの影響のみにては決まらず、果樹などにおいて表作・裏作があるのと同様に、飛散量は1年おきに増減を繰り返すか、2〜3年で増減を繰り返すパターンがよくみられる。ただし、それに当てはまらない場合もあり、たとえば関東地方における2000年から2003年における、4年連続の大飛散のようなこともある。

近年においては、1995年および2005年が記録すべき大量飛散の年であった。

こうした大量飛散の翌年は、たとえ飛散量がある程度少なくとも、症状が軽くてすむ患者ばかりではないことが知られている。病院への受診者数なども、飛散量から予測されるよりも多い傾向がある。大量飛散により重症化し、過敏性が高まったまま翌シーズンを迎える患者が多いためと考えられている。


林業におけるスギ伐採量の見通しや温暖化など気象の影響を考慮すると、ゆるやかではあるが今後も花粉の飛散量は増え続けると考えられている。村山による予測によれば、2050年には現在の1.7倍(最近1.61倍という数字も出された)まで花粉量が増え、患者数も1.4倍になるだろうと見積もられている。


シーズン前には平年に比較して飛散量が多いか少ないかの予測も出されるが、平年とは過去10年平均であり、その平均値そのものが増加し続けているため、予測値の解釈には注意が必要である。たとえば2006年現在で「平年の60%の飛散量」と言った場合、それは10年前の平均値とほぼ等しい。

また、「飛散開始日」とは、その日の1平方センチメートルあたりの花粉観測数が連続して1個以上になった最初の日をさし、実際には飛散開始日よりも前に少量の飛散は始まっている。敏感な患者はそれより前に発症するというが、現実にはかなりの率の患者が症状を呈しているという調査もあり、「飛散開始日」の意義に疑問を呈する見方もある。


都市化と花粉症

1983年から1985年にかけての児童のアレルギー性鼻炎の疫学調査によって、都市化が進んでいる地域ほど患児が多いという結果が得られたことがある。1996年のスギ花粉症の有病率の調査でも、山村より都市部のほうが高いという結果が出ている。

他にも、山村などの郊外より都市部のほうが花粉症の発症者数が多く、また、山村部では感作率が高くとも発症者はそう多くないなどの調査結果もあるが、サンプルが少ないうえに、その原因をさぐるためのより深い研究などはなされていない。上記、あきる野市と大田区の比較(これにおける83年と85年という、調査年の違うデータをもとに「都市部のほうが多い」との論が展開されたこともある)でもわかるように、郊外のほうが花粉症有病率が高いというデータもあるなど一定しておらず、未だ評価は定まってはいない。

1987年と1992年に行われた名古屋市内と恵那郡での比較では、農村部といってよい恵那郡のほうが有症率が高かった。大阪市内、大阪府下、宮崎県下の小学校児童の比較でも、大阪市内が抗体陽性率がいちばん低かったなどの調査もある。


同一地域で考えれば、都市化が進むと患者が多くなる傾向は認められてはいる。それは土の地面が少なくなり、いったんコンクリートやアスファルト面に落ちた花粉が蓄積し、それが二次飛散することによって花粉への曝露が増え、発症者の増加や症状の悪化がおきたと考えても説明がつく。また、交通量が多いところは、車の通行によって路面の花粉が巻き上げられ、空中花粉数が多くなるという説も提唱されている。ビル風などの影響もあると考えられている。都市のヒートアイランド化や砂漠化(低湿度化)によって花粉や粉塵が飛散しやすくなっているとの指摘もある。ヒートアイランド化によっておきる上昇気流は、低層では周囲の花粉を都市部に吸い込む効果をもたらすとの見方もある。

ただし、こうしたメカニズムは、多くは確実には実証されてはいない。また、地域差や経年変化を解釈する場合、一般に郊外ほど都市化の波が遅れてやってくること、花粉量そのものの変化や患者数は累積するという点、近年は地域・地方ごとの生活レベルや環境の差が小さくなっていることもあって、こうした調査結果から一定の結論を導くことはむずかしい。さらにいえば、花粉飛散数の調査というのはいくつかの手法があり、特定の装置に落下・付着した花粉数を測定しても、それはいつまでも空中を漂い続ける花粉を測定していることにはならないことや、ビルの屋上などでの計測は、必ずしも市民が生活している環境中の花粉を測定していることにはならないことにも注意が必要である。


一般によくいわれるのが、都市部における排気ガス等による大気汚染との関連である。しかし、それを明確に示す疫学調査の結果はない。国立環境研究所による調査(1993〜1995年)や東京都による調査(2003年)、環境省による調査(2003年)でも、花粉症と地域や場所ごとの大気汚染との関わりを示す結果は得られず、居住地域の花粉飛散数の影響を受けることのみが結論されている(東京都による個人の追跡調査によれば、花粉症患者のほうがそうでない人よりも多量の花粉をあびていた)。千葉等における調査(2002年)で、症状によりわずかながら関連が示唆される結果が得られたことはあるが、総合的にみると、やはり統計的に有意な関連はみられないと結論された。

こうしたスギ花粉症と大気汚染との関連を示唆した論文は、花粉症が社会問題化したころにいくつか出されたが、その論旨によれば必ずしも大気汚染が原因とは断定できない。すなわち、上記の交通量によるという解釈のように、異なる説明ができるからである。さらに、そうした論文データのひとつに捏造があったことも、ある耳鼻咽喉科医師の執拗な追及によって明らかとなっている。

ちなみに、スギ林に道路が通じた場合、それに面した部分のスギは日当たりがよくなって花粉を多く発生させる。よって、その周辺で花粉症患者が多くなったとしても、排ガスや交通量のみの影響を考えるだけでは不充分である。


行政の動き

国においては、1990年度に「スギ花粉症に関する関係省庁担当者連絡会議」が設置され、1994年度より当時の科学技術庁によって数年間に渡る「スギ花粉症克服に向けた総合研究」が実施された。2004年度からは会議の名称が「花粉症に関する関係省庁担当者連絡会議」と改められ、2005年度からは基礎研究などよりさらに踏み込んだ具体的な取り組みがなされるようになった。

こうした行政の動きに関しては、自民党内で「花粉症等アレルギー症対策議員連盟(通称ハクション議連:事務局長・小野晋也衆院議員)」が、安倍晋三ら約50名(当時)の国会議員によって1995年に設立され、本格的な対策の推進を国に働きかけるようになったことが大きく影響している。これにより花粉症を含めたアレルギー対策に関する予算が急激に増加し、2002年度のアレルギー関連予算は7年前の27倍に達する73億7200万円にもなった。1996年に「アレルギー科」の標榜が許可され、2003年に理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターが設立されたなどのことも議員らの働きかけによるという。


ただ、近年では未曾有の大飛散と予測された2005年のスギ花粉症のシーズン前には、各省庁が連携して広報などの対策に当たり、厚労省では公開のシンポジウムも開催したが、国をあげての統一した施策・政策を打ち出して国民の期待に応えることもなく、シーズンが過ぎてからは目立った動きはない。患者が目にすることのできた成果は、せいぜいポスターのみである。

林野庁では今後5年間に60万本の無花粉スギを植えるということを2005年に発表したが、1ヘクタールあたり3000本を植林すると考えればわずか200ヘクタールにすぎない。日本のスギ林の面積である453万ヘクタールに比較すれば、まったく実効がない計画といえる(ちなみに2003年度におけるスギ苗木の供給量は全体で1500万本である)。同庁では「緊急間伐5カ年対策」等、花粉症対策にも役立つとして間伐の推進や植え替えを実施していると発表しているが、実施後数年を経た現在でも、それらによる具体的な花粉抑制効果についてはなにひとつ発表されない。実際にも所有者の意向が確認できた森林や公有林のみを間伐した自治体などもあり、早急に間伐を実施する必要がある要間伐森林の間伐は、進展しているとはいえない状況であるため、総務省より農水省に対して勧告がなされたこともある。また、そもそも厚労省では早くから林野庁に対して無花粉スギの開発を要望していたにもかかわらず、林野庁では労力がかかるとして取り合わなかったということも報道された。

さらに、2006年には林野庁が花粉を多く付けるスギを選択的に間伐することで高い花粉抑制効果が得られたと、誤解を招く発表をしていたことがマスコミの指摘によって明らかになった。これは高い花粉抑制効果がみられた場合も若干あったということにすぎなかった(継続的な調査を行っていなかったことも明らかになった。なお、この間伐方法のマニュアルを製作して林業家に役立ててもらうとの計画であるというが、これでは林業における適正な間伐にはならないとの指摘もあり、林業家の協力が得られるかどうかは疑問視されている)。

農業生物資源研究所はスギ花粉の抗原を含んだ「スギ花粉症緩和米」の開発を進めているが、厚労省は食品とは認められないなどとしている。野菜茶業研究所ではべにふうきという緑茶を開発し、それに含まれているメチル化カテキンが花粉症抑制に効果があると言っている。しかし、こうした食品についてあからさまに効果効能をいうのは規制されているはずであり、事実上の国の機関がそれを堂々と言うのはどうかという指摘もある(ただ、実際に製品を販売している企業は、それに関する効能効果は言っていない。なお、この商品化を要望したのもハクション議連だとの話もある)。こうしたことから、政府の対応は患者不在の対策であると指摘され、縦割り行政の弊害がみごとに現れていると評する人もいる。


唯一の根本的治療である減感作療法(治療の項を参照)に関しては、以前より保険での評価が低いことが普及を妨げているひとつの原因と指摘されていながら、これについても医療行政はなんらのてだてを打っていない。また、診療・治療のガイドラインの周知徹底を図ると言ってはいるが、相変わらず不適切な治療が多く行われている事実は放置されている。今後実用化されるであろうある新しい治療法(薬剤)に関しても、費用がかかるため、保険で認められるかどうかわからないといった心配も一部でなされている。

また、行政が行う花粉症対策とは基礎研究や治療法の開発、花粉飛散の予報技術の向上などが主であり、スギ・ヒノキ花粉発生源への根本的な対策がおろそかになっているとの指摘は従来より多くなされている。実際に国会質疑等でも取り上げられてはいるが、答弁はその場しのぎのごまかしを繰り返すばかりであり、大きな進展はない(こうしたことは林野庁の予算が少ないためであり、国が第一次産業を軽視しているのが根本的な原因との見方もないわけではない)。

さらに、すでに複数の「関連はみられない」との結果が出ているにもかかわらず、環境省では今後も大気汚染との関連を調査するという。こうした動きは、国が過去の失政の責任を認めたくないから、いつまでも研究をやめないのだと揶揄もされている(しかしながら、大気汚染がさまざまな健康被害をもたらすことは確実である。近年の新たな知見にもとづいた新手法の調査が望まれよう)。


いっぽう、1980年代後半より花粉症対策検討委員会を、1998年からはアレルギー性疾患対策検討委員会を設けるなど独自に花粉症・アレルギーに関する研究や施策を行ってきた東京都では、花粉の発生源である森林への対策を取りまとめ、2006年度より事業として始めることになった。石原慎太郎都知事が2005年のスギ花粉飛散期に花粉症になったため、急遽具体化したと揶揄もされたが、それは真実であった。すなわち、2006年3月10日の知事会見にて「それは私、今まで花粉症じゃなかったけど、去年あるときなってから、急きょ、問題意識が。人間てそんなもんだよ、それは」と、これを認める発言をしている。

この計画は「花粉の少ない森づくり」というプロジェクト名で、自然保護活動家として知られる作家のC.W.ニコル氏らが代表発起人となり、多摩地域のスギ林の伐採および花粉の少ない品種のスギや広葉樹への植え替えなどを50年計画で行い、今後10年間で花粉の量を2割削減するという。ただ、予算は充分ではなく、募金も行う。多摩産材の消費も推進する。単に間伐や植え替えを推進するということではなく、2割削減という具体的な数値目標を打ち出したことは画期的なことといえる。都議会内でも超党派の東京都議会花粉症対策推進議員連盟(会長・古賀俊昭)が結成された。

こうした動きとは別に、東京都による音頭とりによって、関東の8都県市では協調して花粉症対策を進めていくことになった。国にも対策を要請する。ちなみにその8都県市でのアンケートでは、市民が花粉症対策として行政にもっとも進めてほしいと考えているのはスギの伐採や枝打ちで、56.4%であった。


だが、本来東京都は花粉症増加の原因をディーゼル排気ガスに求め、排ガス汚染との関連はみられないという疫学調査の結果が出たにもかかわらず、その規制を強行した自治体であることは記しておかねばならない(ただし、規制そのものは花粉症のみのために行なったものではない)。2005年シーズン前には、規制をしたので今シーズンの都民の症状は軽いはずだとのコメントを知事が述べているが、そのシーズンに当の知事が花粉症を発症しているのはわが国の花粉症史に残るおおいなる皮肉である。

なお、やはり東京都が実験を進めていた、スギにマレイン酸ヒドラジドを注入することにより着花を抑制するとの計画は、材質に影響が出るなどのこともあって中止となった。


これらのほか、各地で無花粉スギや花粉の少ないスギが発見され、その(苗木の)増殖や植林なども多く取り組まれるようになってきているのも、ここ数年の動きとして目立つことではある。だが、その植え替えなどの面積は決定的に少なく、当面の実効はないと考えられる。植え替えには500年または1000年かかるというコメント付きで報道がなされたり、患者の間では、効果が出る前にアレルギーの根本的治療法が開発されるであろうとの、ある意味絶望感を感じさせる話が行われるのも珍しくはない。しかしながら、親木の数が一定レベル確保できれば、苗木の増殖は加速度的に進む可能性もあり、期待はなされている(なお、現在のところヒノキにおいては花粉のない品種などの発見はなされていない)。


2005年に北海道十勝管内上士幌町が避花粉地として名乗りをあげたほか、続いて2006年には鹿児島県の奄美群島も療養や保養目的の観光客(花粉症患者)誘致を始め、これは国交省がモニターツアーの募集を行った。こうした、花粉症ビジネスに参入する自治体の動きも記しておきたい。


ちなみに、リアルタイムデータの観測やシミュレーション技術の向上は、花粉飛散の予報のみばかりではなく、同時に花粉発生源の特定に役立つ。よって、花粉を多く発生させるところや人口密集地への影響の大きなところから林業面での対策を行うなど、効率的な取り組みができる可能性を秘めている。このことは税金を投入して対策を行う以上、無駄なことはできるだけさけなければいけないため、以前より指摘されてはいた。実際に研究が行われたこともあった。

2006年5月、林野庁はそうした花粉源に関する地図を作成し、影響の大きいところから優先的に植え替えなどの対策を推進するとのことが報じられた。ただし、林野庁そのものが広報していないため、シミュレーションデータなどの情報を活用するかどうかなど詳細は現時点では不明である。このように、行政がなにをやっているのか、なにをやろうとしているのかが国民に伝わらないところが、第一の問題であるといえよう。



花粉症の症状

主な症状は、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、目のかゆみとされ、一般に花粉症の4大症状と呼ばれる。

しかし、ほかにも多様な症状があり、目の異物感や流涙、目やに、喉のかゆみや痛み、咳などもよくみられる。耳の奥のかゆみ、頭痛や頭重感、微熱やだるさなどの全身症状を呈する場合もある。口から入った花粉や花粉を含んだ鼻水を飲み込むことにより、消化器症状が出る場合もある。目の周りや目の下、首筋などによくみられる炎症などの皮膚症状は、花粉症皮膚炎と呼ばれることもある。

以下に、ある統計による花粉症の症状の頻度を示す。


くしゃみ  92.0%

水性鼻汁  86.0%

鼻閉    74.0%

眼症状   84.0%

咽頭かゆみ 34.0%

皮膚かゆみ 16.0%

喘鳴    08.0%

頭痛    12.0%


上記の統計は耳鼻咽喉科領域からみたものであり、眼科領域からみると、およそ75%が鼻症状を合併しているという。すなわち、目症状を呈している患者のうち、4人に1人は目症状のみであるとの報告もある。このように典型的ではない症状を呈する患者の診断はややむずかしくなる。


これら一連の症状によって、睡眠不足、集中力欠如、イライラ感、食欲不振等も生じてくる。うつなど心理的影響を呈する場合もある。鼻詰まりによってにおいがわからなくなることや、口呼吸をするため喉が障害されることも多い。後鼻漏と呼ばれる喉に流れる鼻汁により喉がいがいがする、咳や痰が出るなどのこともある。不適切にコンタクトレンズを使用している場合、巨大乳頭結膜炎などにもなり得る。とくに小児の場合、かゆみなどから鼻をいじることが多く、鼻血の原因になることも少なからずある。これらは二次的な症状である。

こうした一次的および二次的症状により、バイタリティーは大きく低下し、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)は障害される。とくにQOLに大きく影響するのは鼻詰まりである。


水のようなさらさらした鼻水と目のかゆみが特徴的であり、感染症である鼻風邪との鑑別点になる。鼻風邪であれば、一般的には目のかゆみはなく、数日のうちに鼻水は粘性の高いものになり、さらに黄色や緑など色のついたものとなる。また、屋外のほうが花粉が多いため、おのずと症状も強くなるという点も風邪との違いである。

ひじょうに似通った症状ではあるが、屋内のほうが症状が強い場合、ハウスダスト等によるアレルギー性鼻炎を疑ったほうがよい(一般に「アレルギー性鼻炎」と言った場合、こうしたハウスダスト等による通年のアレルギー性鼻炎のことを指すことが多い)。

患者により、くしゃみや鼻水がひどいタイプと、鼻詰まりがひどいタイプ、両方ともひどいタイプなどに分けられる。症状の程度も個人により異なる。そうした症状のタイプと重症度により、適した治療(薬剤)なども異なってくる。目の症状の重症度などによっても治療法は異なる。これらの重症度などはくしゃみの頻度などを花粉症日記に記録してスコア化することによって調べることができる。同じ花粉飛散量であっても、このように症状の程度が異なるほか、どの程度の花粉で症状が出るかの敏感さも個人によって異なる。

なお、花粉飛散量が2倍になったからといって、症状も2倍ひどくなるわけではない。簡単には、飛散量が1桁上がると症状は1段階ひどくなると思って大きな間違いではない。

多量の花粉に曝露されると症状も悪化するが、少量であっても連続すると重症化していく。

また、いったん最重症化すると、少々の花粉量の変化では症状は変化しなくなる傾向があり、花粉飛散期が終了しても、症状はなかなか改善しない。


頻度は低いが喘息に似た症状が出ることもあり、すでに喘息患者である場合はその発作が起きることもある。咳が多く出たり呼吸能の低下もみられる。アトピー性皮膚炎の患者が、花粉症シーズンにかゆみが増すことも知られている。いずれも花粉による症状であれば、花粉の飛散期に一致して症状がおこる。

とくに喘息様発作については、重症例では呼吸困難になることもあり、そうなった場合は無理をせずすみやかに救急医療機関を受診するか救急車を呼ぶべきである。従来は、花粉の粒子サイズから、それらは鼻で捕らえられるために下気道の症状である喘息などは起きないとされていたが、近年の研究でスギ花粉の周りにオービクルまたはユービッシュ体と呼ばれる鼻を通過するサイズの微粒子が多数付着していることがわかり、それらを吸引することで喘息が起こり得ることがわかってきた。二次飛散を繰り返すうちに細かく砕かれる花粉もあるとの推測もある。


花粉のアレルゲン性の高さも異なり、花粉の種類と量によっては、まれにアナフィラキシーショックを起こすこともある。重症者や、とくに喘息の既往症のある患者は、はげしい呼吸によって多量の花粉を吸引するおそれがあるような運動はなるべくさけるべきである(幸いにもスギ花粉のアレルゲン性はそう高くはない)。

果物などを食べると口の中にかゆみやしびれなどを生じる口腔アレルギー症候群(OAS)を起こす場合もある。とくに北海道に多いシラカバ花粉症でよくみられるほか、関西で多いヤシャブシ花粉症などでもみられる。リンゴ、モモ、ナシ、イチゴなど、バラ科の果実に反応することが多い。患者の多いスギ花粉症ではあまりないが、メロンなどに反応する例が知られている。トマトにも反応するという。アレルゲンがきわめて類似しているためと考えられている。


遅発相と呼ばれる、数時間以上遅れて出てくる症状もある。花粉がないはずの室内で、就寝前などに強い鼻詰まりに悩まされる場合などがこれにあたると考えられている。空気清浄機等を使用しても症状の改善がない場合は、これであるかもしれない。

目覚めのときに強く症状が出ることもあり、俗にモーニングアタックといわれる。就寝中に吸い込んだ花粉が目覚めとともに症状を引き起こしたり、自律神経の切り替えがスムーズにいかないのが、鼻粘膜における高まった過敏性とあいまって症状が出ると考えられている。緊張すると症状がおさまる、リラックスすると症状が出てくるなどのことも、自律神経のバランスの具合によって説明されている。リラックス時や就寝時には副交感神経が優位となるが、その場合に症状が出やすいという(なお、自律神経の影響を強く受ける、すなわち鼻における自律神経失調症ともいうべき症状は血管運動性鼻炎といい、一般に気温差などにより鼻水が多く出るのが特徴である。花粉症にこれが合併している場合もあるとの考えもある)。

副鼻腔炎などが合併することがあるので注意が必要である。これは風邪と同様に鼻汁が粘度の高いものになり、眉間や目の下など、顔の奥の部分に重い痛みなどを感じることが特徴であるが、そうした症状を感じないこともある。後鼻漏もおきやすい。後鼻漏による鼻水が気道に入ると気管支炎の原因ともなり得る。検査方法も適した薬剤も異なるので、症状が変化した場合には早めに医療機関に受診することがだいじである。とくに副鼻腔炎は小児に多いといわれる。

また、鼻のかみかたがよくないと中耳炎など耳を傷めることもある。セルフケアとして行う鼻うがいなどが原因で耳を傷めることもある。

スギ花粉飛散の前から症状を呈する患者も多くいるが、実際にごく微量の花粉に反応している場合だけでなく、季節特有の乾燥や冷気によるものもあると考えられている。患者はそれらしい症状を感じるとすべて花粉のせいにしがちであるが、自己診断は禁物である。

花粉症の原因

花粉症は、患者が空中に飛散している植物の花粉と接触した結果、後天的に免疫を獲得し、その後再び花粉に接触することで過剰な免疫反応、すなわちアレルギー反応を起こすものである。アレルギーの中でも、IgE(免疫グロブリンE)と肥満細胞(マスト細胞)によるメカニズムが大きく関与する、即時型のI型アレルギーの代表的なものである。

ちなみに、当時レアギンと呼ばれていたものがIgEであることを発見したのは日本人の石坂公成、照子夫妻であり、1966年のことである。財団法人日本アレルギー協会により、発見日である2月20日は「アレルギーの日」と定められ、その前後1週間は「アレルギー週間」とされた。現在では、この週間に各地でアレルギーに関する講演会などさまざまな催しが行われている。


アレルギー反応のメカニズム

花粉症の患者は、症状が現れる以前にそのアレルギーの元(アレルゲン)になる花粉に接触している。目や鼻などの粘膜に花粉が付着すると、花粉内およびオービクルからアレルゲンとなるタンパク質が溶け出し、マクロファージ(貪食細胞)に取り込まれ、非自己(異物)であると認識される。この情報は胸腺由来のリンパ球であるヘルパーT細胞のうちのTh2を介し、骨髄由来のリンパ球であるB細胞に伝えられる。そして、B細胞はその花粉アレルゲンと特異的に反応する抗体を作り出す。

抗体は本来、体内に侵入した病原細菌や毒素などの異物を排除・無害化するためのものであり、ヒトにはIgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5つのタイプが存在するが、花粉症の患者では、その花粉アレルゲンと反応するIgEが多く作られる。こうした抗体が関与する免疫反応を液性免疫という。

このIgEは、血液や粘膜中に存在する肥満細胞や好塩基球に結合し、再び花粉アレルゲンが侵入してIgEに結合すると、それらの細胞からヒスタミンやロイコトリエンなど、さまざまな化学伝達物質(ケミカルメディエーター)が遊離する。これを脱顆粒と呼ぶ。


なお、IgEが一定レベルまで肥満細胞に結合したときを「感作が成立した」といい、発症の準備が整ったことになる。どの程度までIgEが蓄積されると発症するかなどは個人差が大きいと考えられている。また、IgEのレベル以外に発症を誘引する因子があるのかないのかなどについてもくわしいことはわかっていない。いずれにしろ、ある年に突然に花粉症が発症したように思えても、それまで体内では発症のための準備が着々と進んでいたということである。

このことを理解しやすくするため、一般に「アレルギーコップ」という例えがよく用いられる。すなわち、体内のコップに長期間かけて一定レベルの発症原因がたまり、それがあふれると突然に発症するというものである。

ちなみに、病原菌などに対する免疫と同様、「花粉は異物である」との情報は記憶されるため、原則的に花粉症の自然治癒は困難である。


遊離したケミカルメデイエーターのうちもっとも重要なのはヒスタミンであり、これが知覚神経(三叉神経)を刺激してかゆみを感じさせたりくしゃみ反射を起こす。分泌中枢を刺激することで腺からの鼻汁の分泌も増える。ロイコトリエンは血管を広げ、水分などが染み出ることにより粘膜が腫れ上がる。すなわち鼻詰まりがおこる。目(眼瞼および眼球結膜)などにおける反応も同様である。

こうした症状そのものは、体内に入ってきた異物を体外に出すための反応であり、また引き続いて体内に入ってこないようにする正常な防衛反応であると解釈できる。しかしながら、害のない異物と考えられる花粉アレルゲンに対して過剰に反応し、それによって患者が苦痛を感じる点が問題となる。


そのほか、PAF(血小板活性化因子)、トロンボキサンA2、プロスタグランジンD2などのケミカルメディエーター、各種のインターロイキンなどのサイトカインも症状に少なからず関係するといわれるが、花粉症(鼻アレルギー)の実際の症状においては、どれほどの影響があるのかなどくわしいことは明らかになっていない。


症状を起こした粘膜では、血管から浸潤した炎症細胞(特に好酸球)からのロイコトリエン等によってさらなる鼻粘膜の膨張が起こる。その他のケミカルメディエーターや酵素などにより組織障害も起きる。抗原曝露後6〜10時間にみられる遅発相反応がこれで、アレルギー性炎症と呼ばれる。こうした炎症細胞を呼び寄せるのも肥満細胞などから放出されるケミカルメディエーター(上記のPAFなど)である。

これらの症状が繰り返し起こることによって、粘膜過敏性は増加し、症状は慢性化する。不可逆的な粘膜の肥厚なども起こり得る。重症例では、花粉の飛散が減少または終了しても、病変はすぐには改善されない。


ちなみに、同じI型アレルギーが主であるアトピー性皮膚炎では、IV型のアレルギー反応も部分的に関与するといわれる(症例によってはIII型も関与するといわれるが確証はない)。花粉症でも、皮膚症状が出る場合は、IV型(すなわち接触性皮膚炎。いわゆるかぶれである)が関与している場合もあるだろうと考えられている。


花粉症増加の原因

花粉症の患者では、原因植物の花粉に対するIgE量が多いことは明らかであり、これがアレルギーを起こす直接の原因である。しかしながら、花粉症の原因となる花粉と接触してもすべての人が花粉症になるわけではなく、IgEが多くても発症しない人がいる。またIgEの量と重症度とは必ずしも相関しない。なぜこうしたことがあるかについては、遺伝要因(遺伝的素因)や環境要因などさまざまな要因の関与が考えられている(すなわち花粉症は多因子疾患である)が、全貌は明らかになっていない。

遺伝要因については、広く体質(いわゆるアレルギー体質)と呼ばれるものが相当する。しかし広義の体質は、遺伝による体質と、出生後に後天的に獲得した体質とが混同されているため、これらは分離して考える必要がある。

アレルギーになりやすい遺伝的素因、すなわちIgEを産生しやすい体質は劣性遺伝すると考えられており、それを規定する候補遺伝子は染色体11qや5qなどに存在するといわれるが確証はない。こうした遺伝的要因については、IgE産生に関わるもののほか、各種のケミカルメディエーター遊離のしやすさや受容体の発現のしやすさの違いなども考えられている。どんな物質に対してアレルギーを起こすかということも、遺伝的に規定されているとの説もある。

環境要因については社会のあり方とも関係するため、さまざまな思惑による俗説が多く流布しているが、ここでは主に近年になって花粉症を含めたアレルギー人口が増加した原因を説明する説に触れる。特にスギ花粉症においてもっとも重要かつ第一義的な原因とされる、花粉飛散量そのものの増加という環境要因については、他の項にゆずる。

なお、花粉症についての調査ではないが、両親ともアレルギーではない場合に子どもがアレルギーになる率は26.7%、両親ともアレルギーの場合は57.4%、母親または父親がアレルギーだと44.8/44.1%との数字がある。他のいくつかの調査でもほぼ同様である。


Th細胞のバランス

一つの仮説として、免疫系を制御しているヘルパーT細胞のバランスが関与するという考えがある。抗体産生細胞であるB細胞に抗原の情報を伝達するヘルパーT細胞は、産生するサイトカインの種類により1型と2型(Th1とTh2)に大別される。これらのうち、インターロイキン4などを分泌してアレルギーに関わるIgEを産生するように誘導するのはTh2である。いっぽうのTh1は主に感染症における免疫反応に関わる。すなわちマクロファージやキラーT細胞などを活性化させ、細菌そのものやウイルスに感染した細胞を障害する(細胞性免疫という)。B細胞にIgGを産生させ、いわゆる正常の免疫を作ることにも関与する。

これらのことから、アレルギー患者においてはTh2が優位に働いているということがいえるが、なぜTh2が優位になるのかについてはよく判っていない。幼少時における感染症が減ったためにアレルギーを起こしやすい体質になっているのではないかという説については、このメカニズムが関与していると考えられている。成長期において細胞性免疫を獲得する機会が減っているため、おのずとTh1よりTh2が優位になる人が多く、アレルギー人口が増えたというものである。強く影響を与える感染症としては、過去に国民病ともいわれた結核が疑われている。鼻症状に限定すれば、やはり過去には多かった副鼻腔炎の減少の関与を考える場合もある。

これらヘルパーT細胞のバランスは出生後数ヶ月のうちに決まるとも、3歳程度までのうちに決まるともいわれるが、のちに人為的に変化させることもできるという説もある。なお、ヒトは胎内にいるときや出生直後はもともとTh2優位の状態であり、また、Th1とTh2は相互に抑制しあう関係にあるという。

衛生仮説ともいわれるこの説は現在もっとも有力な説となっており、概ね広くコンセンサスを得ている。実際に結核のワクチンであるBCG接種によって花粉症の治療をしようという試みや、結核菌と同じグラム陽性菌である乳酸菌の一種を摂取することが治療に役立たないかどうかの研究も行われている。菌のDNAの一部であるCpGモチーフを抗原ペプチドとともに投与して減感作療法の効率をあげる試みもなされている。

環境中の細菌等が産生する微量の毒素が関係すると提唱する研究者もいるほか、最近では、医療における抗生物質の多用(によるヒトと共生している菌のバランスの崩れ)が関わっているのではないかという見方も出てきている。ピロリ菌感染との逆相関が認められることも報告された。

しかしながら、近年の研究によれば、単にTh1/Th2バランスによってのみ説明できることばかりではないこともあり、調節性T細胞の関与を考える説も出されている。衛生仮説を説明したこのTh1/Th2パラダイムは1980年代後半に提唱されたものだが、広く免疫を考えるときに重要なものであることは現在でも変わりがない。


ディーゼル排気ガスの関与

ディーゼルエンジンの排気ガス中に含まれる微粒子(DEP)の関与を提唱している研究者もいる。動物実験の結果から、この微粒子が体内に入ると抗体を産生する効果が増強(アジュバント)され、しかもIgEタイプの抗体が優位に産生されるという報告がある。ヒト細胞を使った実験でも、これが支持された。この仮説は1970年代ごろから花粉症患者が増えた原因を、大気汚染の影響から説明するものとして注目されている。モータリゼーションの発達とともに花粉症患者が増えたこともよく説明する。

しかし、上記の実験は他の汚染物質等との比較対照実験がなされていないため、これのみで結論付けることは科学的ではない。非現実的な条件を設定した動物実験や試験管レベルでの実験を医学的根拠と考えるならば、さまざまな健康食品も医学的根拠があることになる。また、実際にディーゼル排ガス汚染地域の住民に特異的に花粉症が多いという疫学調査の結果は存在せず、花粉症が社会問題化したころから考えれば、広い意味での大気汚染は改善しているのに患者数が増え続けていることは説明できない。海外における、大気の清浄な地域でもアレルギーが増えていることも説明できない。大気汚染との関連は、世界的に支持されている説とはいえないともいわれている。現状では、はっきりしたことはいえない、と考えざるを得ない。

ただ、最近、遺伝的に炎症を回復させる抗酸化機能が弱い体質の患者は、ディーゼル排ガスなどの影響を強く受けて症状がひどくなるという研究が海外でなされた。すなわち、排ガスなどは発症要因ではないかもしれないが、影響を受けやすい体質の患者にとっては症状の悪化要因(回復が遅れる要因)のひとつになり得ることが示唆される。このような個人個人の遺伝的特質に関する研究は、今後も進むと考えられる。

大気汚染物質としては、ディーゼル排ガスのほか煙草の煙や換気の悪い室内での暖房時に出るガス状物質も症状を悪化させると考えられている。二酸化窒素などの窒素酸化物やオゾンなど、環境中の有害ガスも症状を増悪させるという。黄砂や土ぼこりなども、症状を悪化させるという報告がある。

このように、各種の大気汚染の原因物質が増悪因子であるのであれば、それらが多い地域の患者は症状が悪化し、おのずと治療に訪れる人数も増えるであろう。すなわち、医療者から見れば、見かけ上、大気汚染地域に患者が多いようにみえるはずである。患者レベルにおいては、どのような影響があろうとも、避けたほうがよいのはいうまでもない(花粉症患者でなくとも避けたほうがよい)。


寄生虫感染の減少

別の研究者は寄生虫感染症との関連に注目している。IgEは本来、ぎょう虫や回虫などの寄生虫が寄生したときに産生され、これらを排除するために働くものだとされる。1960年代以降の日本では衛生環境の改善によって寄生虫感染症が激減したが、このことによって「攻撃する相手」を失ったIgEが、寄生虫の代わりに花粉を攻撃するようになったというものである。寄生虫に感染していると大量のIgEが産生され、それがびっしりと肥満細胞を覆うため、のちに花粉に対するIgEが産生されても肥満細胞に結合することができないという説明もなされる。寄生虫感染の多い東南アジアでアレルギーが少ないことなどが根拠のひとつとされる。また、ニホンザルにおける調査で、花粉症有病率が長年にわたり一定であることもこの説を支持するという。すなわち、寄生虫感染率も長年にわたり一定であるためであるという。

しかしながら、大きな話題となったこの仮説はその論拠が薄弱であり、ヒトでの疫学調査では相反する結果が得られたり、保存されている過去の血液の抗体検査をしても理論どおりの結果が出ない。寄生虫感染がほとんどなくなった現在でも、アレルギーがなお増加していることは説明がつかない。東南アジアにおいても、アレルギーは増加しているという事実も非支持的である。そのため、現在では市民レベルの噂話にのぼる程度のものになっている。この説を一般向け書籍を出版することによって大きく広めようとしたのは、著者自身の行う寄生虫学をもっとポピュラーにしようとの思惑があったのだと揶揄する人もいる。この説そのものは、社会的に話題になる以前より他の研究者によって提唱されていたものである。

ただし、寄生虫感染はIgE産生を亢進することは確からしく、この理論が完全に否定されたわけでもない。その理由として、あらかじめ寄生虫感染を起こしていると花粉症発症は抑制されるが、花粉症になってから寄生虫感染を起こしても症状は抑制されないという機序を考える場合もある。上記の衛生仮説に含むこともある。

ちなみに、この説を信じ、みずから寄生虫に感染しようという患者もごくわずかに存在するようであるが、基本的に命に関わらない疾病である花粉症と異なり、寄生虫感染は場合によっては命を落とすこともある疾病であることを理解せねばならない。そうした試みは厳に慎むべきである。

なお、こうした寄生虫のエキスなどを投与して症状を改善しようという試みは、たしかに免疫のバランスが変化するものの、発ガン率が高まるおそれがあるなどの副作用の問題が生じたといい、断念されているようである。詳細は不明である。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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